音楽劇『たぐる』
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たぐる 
たぐる
人は 糸を たぐる
 
たぐっても たぐっても
掴めないのに・・
 
こんな悲しみが
こんな苦しみが
 
たぐり続けた先に
在ることを知らずに
 
しかし、
こんな幸福が
私達には在ったのだ・・・
 
 
全編 音楽劇。
サンガツオモシアトラムの和製ミュージカル。
能「黒塚」「安達が原」、文楽「奥州安達原」を元にした、なかええみの書下し新作、作詞作曲も手掛ける。
 
全14曲。
『たぐる』は、笛(リコーダー)と太鼓(カホン)、鈴の合奏と群声と呼ばれる手法で情景や心情を現して展開されるミニマルな舞台。
 今回は、一人の役を役者と唄い手に分けて演じられる。さらに人形も使用し、声だけでしか存在しない登場人物を立体的に表現する。

◆ストーリー
 裏道につづくある侘しい小屋で娘がひとり糸繰りをしている。
そこに、道行が通りかかる。
娘は訊ねる。「糸は見ませんでしたか?」と。
娘は母の糸を探していた。糸を見つけられない道行は、娘に生き血を喰らわれる。

 娘の母は糸繰りの人だった。いつも糸繰り歌を唄いながら、糸をたぐっていた。
娘の兄の行方がわからなくなった時、母は「背守り糸」の呪いを信じた。しかし、兄は帰って来なかった。
「魔にとられ、辺境の道(みちのくに)に行ってしまったのか」、母は狂った。
糸繰りをやめ、唄うことをやめた母・・・。その時、娘は「鬼」となった。
 
娘は救われるのか? 
娘に癒しの時が来る時、「鬼」の正体が分かる。
「鬼」の性は快楽か?
だれが「鬼」か?
娘がたぐり寄せたいものは何っだたのか?
 
なかええみが、自分自身に、そして、世に問う書下し作品。

■能「黒塚」「安達原」とは

 作者不明。鬼女物、太鼓物に分類される。いわゆる「安達が原の鬼婆」伝説に取材した曲である。(福島県二本松)
能の流派によって、「黒塚」とも「安達原」とも呼ばれている。
女が糸繰りをしている場から始まり、女を鬼と知らない道行が宿を借りる。
『旅の衣はすず掛けの 露けき 袖やしをるらん』から始まる演目。

梅宮流の「黒塚」。糸を繰る場。

文楽『奥州安達原』の一コマ

■鬼婆伝説とは
 人間から鬼婆に変じた物語。
岩手という名の乳母の女が、世話をしていたのは、病に冒されている5歳の女の子。この少女の治療を求めた岩手は、易者の言葉「妊婦の胎内の胎児の生き胆が病を治す」を信じ、旅立つ。行き着いた奥州の岩屋で岩手は、妊婦の肝(生き血)を待ち続ける。ある時、若い夫婦がやってきた。
若い女の方は身重であった。男の留守に女に襲いかかり、腹を裂き胎児を取り出し、肝を抜いた。
しかし、岩手は若い女が身につけている「守り」をみて、我が子と悟る。少女のために、我が娘を殺した岩手。岩手は以来、鬼となって生き血を吸い生きていくことになった。

■『たぐる』のキーワード「背守り糸」とは
 背守り糸。江戸時代から昭和にかけて、子供の着物の背中部分に施されていた<お守り>のこと。
地方により、図案化された背守りもある。その心は母親が子供を「魔」から守るための呪いである。


 
 縫い方(呪い方法)も様々である。
背を中心に下から上に、7針、右に5針(女児)、左は男児、と多くは伝えられている。加賀地方の裕福な家庭の着物には立派な図案(蝙蝠や牡丹など)で施されている背守りも残っています。
 

□魔は背から子供の魂に入り込む
 背中には風門というツボがあります。東洋医学では「邪気が入る(風邪が入る)」場所として、「風の門」と呼ばれています。同様に邪の気、魔もここから入ってくると思われていました。
 背を守る風習は一般風習として広く有ったようです。

飯能市所蔵の江戸時代の着物。(風門の場所に施されている背守り)


歌川国芳作「新板子供あそびの うちと中」
背中に赤い「背守り」。

三代 歌川豊国作「江戸名所百人美女 溜いけ」
(右の籠上、男児の衣)

(拡大)
下から上に7針、左斜め下に5針。
□魔は子供の背に手を伸ばすが、背守り糸を掴み、子供は守られる。
 今回、脚本のなかええみは、「襲ってくる魔のモノは、母の呪い糸を掴まされて、子供を奪えないように・・・・子供の逃げ足が遅くとも、子が逃げられるように・・・との母の願い」を物語りの主要素として入れました。

 『たぐる』は、背守り糸をめぐる語りです。
女性の仕事、糸繰りにこめられた想いと背守り糸を絡め、母そして娘がたぐるものは何か?を謳います。
 

 
チラシの題字はボーカリストの岩田京子。

作詞・作曲・演出 なかええみ
 
出演
日髙恵梨子/野口佳奈子
岩田京子/溝口直子/桑原みどり
武宮さえ/鈴木めゆ
なかええみ
 

アフタートーク

佐藤壮広(宗教人類学者)
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なかええみ(演出家)

前編

後編

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